OpenAIエンジニアが明かすAI進化の真実:「神モデル」から専門家時代へ

OpenAIエンジニアが明かすAI進化の真実:「神モデル」から専門家時代へ

この記事でわかること

  • OpenAIがChatGPTとAPIを両立させる戦略的理由
  • 「一つの神モデルがAGIになる」という考えがなぜ古くなったのか
  • 強化学習ファインチューニング(RFT)がもたらす企業AI活用の革新
  • データの質がスケーリングの次のフロンティアになる理由

なぜ今この話題が重要なのか

OpenAIの戦略を語る人は多いですが、実際にAPI開発の心臓部を担うエンジニアの声を聞く機会は稀です。シャーウィン・ウー氏は、推論のインフラ、ファインチューニング、エージェントAPIまで幅広く統括する人物。彼の発言からは、OpenAIが今何を考え、どこに向かおうとしているのかが見えてきます。

特に注目すべきは、AGIに対する考え方の変化。「一つの万能モデル」という夢から、「複数の専門家が共存する世界」への転換が、AI業界全体の方向性を示唆しています。

OpenAIの二重戦略:ChatGPTとAPIの共存

なぜ競合を育てるリスクを取るのか

OpenAIには一般ユーザー向けのChatGPTと、開発者向けのAPIという2つの柱があります。ここで当然の疑問が出てきます。

APIを提供したら、それを使った競合サービスがChatGPTと競争するんじゃないの?

Perplexityなんてまさにその例ですよね。

シャーウィン氏によると、これは創業者のサム・アルトマンとグレッグ・ブロックマンが最初から狙っていた戦略だと言います。

OpenAIのミッションとの整合性

OpenAIのミッションは「AIを創造して、その利益を可能な限り広い人に分配すること」。つまり、APIを通じて競合サービスができても、それはAIの恩恵が広く行き渡っている証拠として捉えているわけです。

実際の数字を見てみましょう:

  • ChatGPTの週間アクティブユーザー:8億人
  • これは地球の人口の約10%
  • 歴史的なスピードでこの規模に到達

API経由のエンドユーザーへのリーチも実は膨大で、一時期はChatGPTより大きかった可能性すらあったと言います。

モデルは「抽象化」されにくい

クラウドの世界では「Disintermediation(仲介排除)」という現象があります。SaaSがAWS上で動いていても、ユーザーは「AWSを使っている」とは意識しません。裏側のクラウドは要件さえ合えば簡単に乗り換えられてしまいます。

でもAIモデルは違うとシャーウィン氏は言います。

「これはGPT-5で動いています」というモデル名そのものが価値になっている。Cursorのようなツールでは、モデルを選べること自体が機能として重要視されています。

さらに開発者側にも「ロックイン」が生じます:

  • プロンプト設計
  • ツールの組み合わせ
  • 評価の仕組み

これらすべてがGPT-5を前提に作り込まれるため、モデルの差し替えはクラウドの乗り換えより遥かに大きな工事になります。

Anthropicのダリオ・アモデイも「モデルには粘着性がある」と言っていましたね。OpenAIとAnthropicのトップが同じことを言っているなら、これはかなり確度の高い見立てでしょう。

AGIは「一つの神モデル」ではない

考え方の大転換

数年前までOpenAI内部でも、**「一つのモデルが全てを統治する」**という考えが主流だったそうです。究極の汎用モデルができれば、ファインチューニングなんて必要ないよね、と。

しかし、実際に使い込んでみると、特定のタスクに特化したモデルの方が良いことが多いことが分かってきました。

Cursorの使い分けに学ぶ

AIコーディングエディターのCursorが良い例です:

  • 深い計画が必要な時:GPT-5を使用
  • 素早く初稿を作る時:Cursor独自の高速生成モデル(Composer)を使用

タスクによって求められる能力は違います。深い思考が必要な計画立案と、瞬時に反応が欲しいタブ補完では、最適なモデルが異なるのは当然です。

専門化されたモデルの共存

これはOpenAIにとっても業界全体にとっても健全な方向性だとシャーウィン氏は言います:

  • 勝者総取りではない
  • コーディング専門、画像生成専門、データ分析専門などが共存
  • エコシステム全体が豊かになる

OpenAI自身もCodex、GPT-4、4o、5と様々なモデルを出しています。これは「何が実社会で有用か」を探るための試行錯誤でもあるのでしょう。

エージェントビルダーの哲学

「AGI的じゃない」という批判への回答

OpenAIが10月のDevDayで発表した「エージェントビルダー」。ノードを組み合わせてエージェントを作れるツールです。

「Difyじゃん」「全部指示で済ませられるべきでしょ」という批判がありました。

シャーウィン氏はこれに対して、世の中の仕事は2種類あると説明します:

  1. ソフトウェアエンジニアのような自由度の高い仕事

    • 目標は決まっているが、達成方法は自分で考える
  2. カスタマーサポートのような手順が決まった仕事(SOP)

    • 標準作業手順に従う
    • 規制が厳しい業界、マニュアル対応が必要な業務

実は世の中では後者の方が圧倒的に多いのです。

シリコンバレーの盲点

テック業界はクリエイティブタスクが中心なので、標準的なマニュアル作業の多さを見落としがちです。

でも、こういう仕事ではエージェントがポリシーから逸脱しないように、ノードで決定論的に制御できる方が都合がいい

ノード式エージェントビルダーは、実世界では非常に実用的なツールだったのです。

ファインチューニングの革命:RFT

従来の限界

OpenAIがファインチューニングに投資した理由は2つ:

  1. 企業側に強いニーズがあった
  2. 企業が巨大なデータの宝の山を持っている

しかし初期のファインチューニングAPIは教師あり学習のみでした。「この入力にはこう答えて」という例を大量に与える方法です。

これだとせいぜい:

  • トーンを変える
  • 指示の従い方を調整する

程度のことしかできませんでした。(「だってばよ」と言わせるくらい…)

強化学習ファインチューニング(RFT)の登場

大きな進展がありました。Reinforcement FineTuning(RFT)、つまり強化学習によるファインチューニングです。

これはAlphaGoで「神の一手」(Move 37)を導き出した手法と同じ原理。プロ棋士全員が「ありえない」「悪手だ」と言った一手が、実は完璧な勝利への布石だった—あの強化学習です。

RFTの何がすごいのか:

  • 教師あり学習:表面的な学習(この入力にはこう答える)
  • 強化学習:何が良い答えで何が悪い答えかを学習できる

SOTA(State of the Art)レベルへ

これにより、特定のユースケースでモデルをSOTA(現時点で最高)レベルまで改善できる可能性が出てきました。

自社のデータを使えば、自社専用において最高性能のモデルを目指せるということです。

データ共有のインセンティブ

OpenAIは企業に対して、データ共有に同意すれば以下のメリットを提供しています:

  • 推論の割引
  • トレーニングの無料提供

なぜOpenAIがこれをやるのか?

次のスケーリングはデータの質で決まるからです。

オープンなデータはほぼ学習しきっている。だからこそ、企業が持つ業界特有のノウハウ、長年蓄積してきた専門知識—こういったプライベートデータの価値が急上昇しているのです。

日本では三菱UFJにOpenAIがフォワードデプロイドエンジニアを派遣するという話がありましたが、こういった企業提携の背景にはデータ獲得戦略があるのかもしれません。

テスラジオの考察

シャーウィン氏のインタビューから見えてくるのは、AI業界が「夢」から「現実」のフェーズに入ったということです。

「一つの万能モデルがすべてを解決する」というSF的なビジョンから、「用途に応じた専門モデルを組み合わせる」という実用的なアプローチへ。これは技術の成熟を示しています。

特に注目すべきは、OpenAIが企業のプライベートデータを取りに行っているという点。モデルの性能競争がある程度収束してくると、差別化の源泉は「どれだけ良質なデータにアクセスできるか」になります。

Microsoftの「モデルはコモディティ化する」という主張に対し、OpenAIとAnthropicの両方が「モデルには粘着性がある」と反論しているのも興味深い。プラットフォーマーとモデル企業では、見えている景色が違うのかもしれません。

まとめ

  • 二重戦略の合理性:ChatGPTとAPIは競合ではなく補完関係。モデルの粘着性がOpenAIを守る
  • AGIの再定義:一つの神モデルではなく、複数の専門家モデルが共存する時代へ
  • エージェントの実用性:世の中の仕事の多くはSOP型。ノード式制御には実用的な価値がある
  • RFTの革新:強化学習ファインチューニングで企業データの真の活用が可能に
  • 次のスケーリング:計算量からデータの質へ。プライベートデータの価値が上昇中

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