Mistral AI CEO が語るAIモデルのコモディティ化時代の勝ち筋とは
この記事でわかること
- AIモデルがコモディティ化している3つの理由と業界への影響
- AGIという幻想から脱却し、専門特化型AIとシステム思考が重要な理由
- Mistral AIがオープンソースにこだわる戦略的意味
- 企業向けAI導入で本当に価値を生み出すために必要なこと
なぜ今この話題が重要なのか
OpenAIもGoogleもAnthropicも、オープンソースモデルも、性能がほぼ横並びになってきている——。この指摘をしているのは、フランスのAIスタートアップMistral AIのCEO、アーサー・メンシュ氏です。
元Google DeepMind研究者でもある彼は、AIモデルの性能差で勝負する時代は終わりつつあると断言しています。では、これからのAI業界の競争軸はどこにあるのか?Sam Altmanでさえエンタープライズ向けアプリケーションの構築を優先事項に掲げ始めた今、Mistral AIのCEOが見据えるAI業界の未来図を読み解きます。
AIモデルのコモディティ化:3つの理由
1. 技術がシンプルになった
メンシュ氏によると、AIモデルを作ることはそんなに難しくなくなってきているといいます。世界で約10の研究所が同じデータ、同じアルゴリズムを使っています。
人材の移動も激しく、「魔法のレシピがバレている」状態です。Anthropicがコーディングに関する秘密を一部隠しているようなケースもありますが、企業固有の秘密技術は少なくなっています。
2. 知識がコンパクトになった
モデルを訓練するための知識自体がかなり短くまとまっており、知識が拡散しやすい環境になっています。結果として、知的財産での差別化が難しくなっています。
特有のデータを持っていることによる差別化も、以前ほど効かなくなってきているのです。
3. 技術的な壁に到達
メンシュ氏は「10の26乗FLOPs」という計算量のあたりで性能が飽和し始めると指摘しています。これは現在のモデル訓練における一つの技術的な壁です。
どの企業も数ヶ月あれば、このレベルの計算ができる設備を用意できるようになっています。クローズドソースとオープンソースの技術的なタイムスパンも、半年から3ヶ月程度まで縮まってきているのです。
コモディティ化の影響
この状況では、何千億もの投資をしてモデルを作っても、すぐに他社に追いつかれてしまいます。作ったモデルという資産が急速に価値を失っていくリスクがあるのです。
メンシュ氏は「どれだけ投資すべきかは慎重に設定しなければいけない」と警鐘を鳴らしています。企業に価値を提供するための投資は必要だけど、コモディティ化する資産に対して過剰投資してはいけない——これがMistral AIの基本姿勢です。
差別化の新しい軸:ダウンストリーム
実際の価値創出が勝負を分ける
モデルの性能で差がつかないなら、どこで差をつけるのか?
答えはダウンストリーム、つまり実際のアプリケーションでどれだけ価値を生み出せるかです。メンシュ氏は言います。
「全ての投資は、最終的に企業や消費者に提供する価値から生まれるフリーキャッシュフローで回収される必要があります」
モデルを作ることがゴールではなく、それを使って顧客の問題を解決することがゴールなのです。
企業はAIで儲かっているのか?
興味深いことに、メンシュ氏が多くの企業に「AIで実際にお金を稼げましたか?」と聞くと、ほとんどがノーと答えるそうです。
理由は2つ:
- 十分なカスタマイズをしていない:企業ごとの最適化が不足している
- 解決したい問題から逆算していない:ソリューションありきで考えてしまっている
トップの鶴の一声で「AI導入を進めろ!」というだけでは、価値は生まれません。
Sam Altmanも方向転換
最近Sam Altmanがニューヨークのメディアリーダーとの昼食会で、2026年の最優先事項の一つはエンタープライズ向けのアプリケーションの構築だと語ったそうです。
AGIを作ると言っていた人が、ビジネス向けアプリケーションで価値を作る方向にシフトしてきている。これはまさにコモディティ化の影響なのではないか、とメンシュ氏は指摘しています。
AGIという幻想からの脱却
万能な単一システムは存在しない
メンシュ氏はAGIという概念について辛辣です。
「万能な単一システムとしてのAGIは存在しない。世界中のあらゆるタスクを解決できる人間なんていないのに、なんでAIだけなんでもできると思うのか?」
人間だって専門家が必要なのです。物理的に考えても、こっちの機能を強くしたらあっちの機能が弱まるということは起こりうるでしょう。
魔法的思考からシステム思考へ
メンシュ氏が提唱するのは、「何でもできるAI」という魔法的思考から、システム思考への回帰です。
AI時代のシステムには2つのコンポーネントがあります:
- 静的な定義:人間が決めるワークフローやシステムの振る舞いのルール
- 動的なコンポーネント:AIモデルがツールに接続されて自分で実行グラフを決定する部分(AIエージェント)
人間が決めた範囲でAIが自律的に動く——この組み合わせが実務では有効なのです。
動的な部分だけで全てを解決しようとするのは非現実的です。ガイダンスなしの完全自律システムは無理であり、静的システム(オーケストレーション)と動的システム(エージェント)の組み合わせで、より複雑な問題が解決可能になります。
専門特化型モデルの経済合理性
メンシュ氏は、大きな汎用モデルより小さな専門家モデルの方が経済合理性があると主張します。
例えば、生物学と物理学の両方に詳しい巨大なモデルを作るより、それぞれに特化した別々のモデルを作る方が良いという考えです。
その理由は2つ:
- 異なる専門分野間の知識の転移は明確ではない:生物学の知識が物理学に役立つかは微妙
- モデルのサイズがコストに直結する:24時間バックグラウンドで動き続けるシステムでは、できるだけ小さくて効率的なモデルの方が望ましい
今後2年間でモデルが様々な専門方向に特化していく「バーティカルAI」の時代が来るとメンシュ氏は予測しています。
企業向けAI:リプラットフォームという考え方
企業ソフトウェア全体を作り直す
メンシュ氏によると、企業向けAIの本質は企業ソフトウェア全体を作り直すことにあります。
従来、企業には断片化されたツール、データシステム、記録システムがありました。チームも情報に同時アクセスできない状況でした。
しかしAIがあれば:
- 統一されたデータ、あるいは断片化されたデータソースでもAIがナビゲートできる
- その上にAIシステムを置いて、企業で何が起きているかを理解させる
- 各人間にとって有用なインターフェースをAIが生成する
例えば弁護士が特定の書類レビューをしたい場合、その書類を持ってくれば、システムが適切なウィジェットと情報を自動で表示してくれる——こういったジェネレーティブUIの世界です。
10年かかる変革
メンシュ氏は、こういった変化が企業で起きるには10年ぐらいかかると見ています。でも、これをやることによってAIにやっと膨大な価値が生まれるのです。
現在のSaaSは同じ画面をみんなに提供するビジネスモデルですが、AIによってパーソナライズされたインターフェースが可能になれば、その前提が覆される可能性があります。
Mistral AIのオープンソース戦略
なぜオープンソースにこだわるのか
Mistral AIは、オープンソースとカスタマイゼーションの組み合わせという戦略を取っています。モデル自体はオープンソースとして公開し、それを企業の実際の問題に適応するサービスを提供する——いわば「モデルを持っているPalantir」のような存在です。
オープンソースにこだわる理由は3つあります。
理由1:インフラとしてのAI
「工場を電力網に接続するときに、誰かが勝手に電源を切れないことを確認したいでしょう」
24時間稼働している工場で、誰かが勝手にスイッチを切れてしまうようでは困ります。AIが電気のようなインフラになるなら、企業はアクセスを絞られるリスクを負うべきではない——オープンソースなら、誰もシステムを止められないような設計を組むことができます。
クローズドAIには、規約変更や業界への提供停止など、企業の業務が一瞬で停止するリスクがあります。オープンソースモデルなら、重みを手元に持っていれば自分のサーバーで動かせます。Mistral AIが倒産しようが、政治的な理由で制裁を受けようが、昨日まで動いていたシステムが明日も動くことが保証できるのです。
理由2:企業の暗黙知を守る
メンシュ氏は「Folklore Knowledge」という言葉を使っています。特定のコミュニティや企業内でだけ共有される知識や言い伝え——何十年もかけて作ってきた暗黙知を資産化して、誰もアクセスできないようにするには、独自モデルを作るしかありません。
理由3:地政学とAIの主権
これが最も大きな理由かもしれません。
AIが経済全体を動かすインフラになるなら、企業や国家は外国ベンダーへの依存を避けたがります。特に国防システムにAIが組み込まれるなら、独立したAIが必ず必要になります。
Mistral AIはフランスの会社なので、EUの国からこの地政学的なリスクによってアメリカのフロンティアモデルを採用したくないという強烈な引きがあるのです。
西側のオープンソースプロバイダーとしての役割を果たし、アメリカだけでなくアジアの国々にも技術を提供しています。欧州の国が欧州の技術に投資することで、その収益が欧州に再投資される——このエコシステムが、ソブリンAI(主権AI)を重視する国には魅力的なのです。
中国との関係性
Mistral AIが最初にオープンソースモデルをリリースしたとき、中国がそれを良い戦略だと気づいて追随してきたとメンシュ氏は言います。
例えばMistral AIが2024年初頭にSparse Mixture of Experts(SMoE)という効率的な設計をリリースした際、DeepSeekがそれを元に構築してきました。オープンソースは競争ではなく、お互いに構築し合うものなのです。
メンシュ氏の見立てでは、中国・アメリカ西海岸・欧州という複数のAIセンターが並立する未来になるといいます。一つのAIが支配する未来ではなく、十分に大きな経済圏がAI利用において何らかの自立性を求めるようになるでしょう。
テスラジオの考察
Mistral AIの戦略は、Anthropicが企業向けで成功している流れと似ています。コスパを意識しながら企業向けに展開していくアプローチは、うまくいきそうな戦略に見えます。
一方でOpenAIは現在toCで無料ユーザーが多すぎて、いよいよ広告導入するという話も出ています。これはこれで一つの戦略であり、「無料でAIを配るにはこういう事業モデルも必要」という見方もできます。
メンシュ氏はASMLへのMistral AI導入の例など、企業へのAI導入に関する知見が非常に深いことがインタビューから伝わってきました。企業向けAIでどのように価値を出していくべきかを考える上で、彼の視点は参考になるでしょう。
今後、toC向けもtoB向けも、様々な用途のAIソリューションが広がっていく中で、モデルの性能競争から実用化能力の競争へとフェーズが移行しているのは間違いありません。
まとめ
- AIモデルはコモディティ化している:技術の単純化、知識の拡散、計算量の壁により、性能差で勝負する時代は終わりつつある
- 価値は実用化能力に移行:モデルを作ることではなく、顧客の問題を解決することがゴール
- AGIは幻想:万能な単一システムより、専門特化型モデルとシステム思考の組み合わせが実務では有効
- オープンソースの戦略的価値:ベンダーロックイン回避、暗黙知の保護、地政学的独立性という観点で需要が高まっている
- 企業向けAIの本質:リプラットフォーム(企業ソフトウェア全体の作り直し)により、10年かけて膨大な価値が生まれる
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