伝説の投資家ギャビン・ベイカーが語るAI競争の真実:勝敗を決めるのは知能ではなくコスト
この記事でわかること
- 2024年にAI進化が止まるはずだった理由と、推論がそれを救った経緯
- なぜ「一番賢いAI」ではなく「一番安いAI」が勝つのか
- GoogleのTPUとNVIDIAのGPU、どちらが有利になるのか
- データセンターが宇宙に向かう第一原理的な理由
なぜ今この話題が重要なのか
ギャビン・ベイカーは、NVIDIAやTSMCにAIブーム以前から投資していた伝説的なテクノロジー投資家です。株価や流行ではなく、計算コスト・電力・チップ設計といった技術の第一原理から企業価値を考えることで知られています。
彼による2024-2025年のAI業界の振り返りは、CEOたちの楽観的な見通しとは異なる視点を提供してくれます。「計算資源こそが一番のボトルネック」という一貫した主張の裏には、どんな分析があるのでしょうか。
AIは止まるはずだった
チップの物理的限界
ギャビン・ベイカーによると、2024年中頃から2025年にかけてAIの進化はストップするはずでした。
理由はスケーリング法則の限界です。ただしベイカーは「スケーリング法則は科学的な法則ではなく、単なる観察結果」と指摘します。古代エジプト人がピラミッドを太陽の動きに完璧に合わせて建てられたのに、なぜ太陽が東から昇るのかを理解していなかったように、私たちもスケーリング法則がなぜ機能するのかを完全には理解していない、と。
具体的な限界はNVIDIAのHopper GPUにありました。スケーリング法則を続けるには大量のGPUを接続して巨大な脳のように動かす必要がありますが、Hopperは物理的制約で最大20万個までしか接続できません。xAIが2024年にこれを達成した時点で、それ以上大きくすることは不可能でした。
Blackwell移行の複雑さ
次世代のBlackwellへの移行も容易ではありません。ベイカーは一般人向けにこう例えます。
「新しいiPhoneを使うために、家中のコンセントを220Vに変えて、テスラのパワーウォールを設置して、発電機を入れて、ソーラーパネルをつけて、さらに床を補強しないといけない—そんな感じだ」
実際、Blackwellでは空冷から液冷に変わり、ラック重量は450kgから1350kgへ3倍に、消費電力は30kWから130kWへ跳ね上がりました。この大変な移行のため、2024年から2025年は成長が止まるとベイカーは予想していたのです。
推論がAIを救った
18ヶ月の停滞を回避
もし推論技術が登場していなかったら、18ヶ月間AI業界は完全に停滞し、市場は大暴落していたかもしれない、とベイカーは言います。
従来のスケーリング法則は事前学習(モデルを大きくする)の方向でした。しかし推論は2つの新しいスケーリング法則を見出しました。
- ポストトレーニング:モデルができた後に強化学習で賢くする
- テストタイムコンピュート:答えを出すときにどれだけ考えられるか
人間も、パッと答える問題とじっくり考える問題がある。AIも同じで、難しい問題にはより長く考えることで精度が上がります。
ベンチマークでの劇的改善
ARC-AGI(AIの知能を測るベンチマーク)では、4年かけて0%から8%にしか上がらなかったスコアが、推論の登場後3ヶ月で8%から95%まで跳ね上がったそうです。
2024年10月以降のAI業界の進化は、すべてこの2つの新しいスケーリング法則のおかげ。そして最近出たGoogleのGemini 3.0は、事前学習のスケーリング法則も健全だと証明しました。
Googleの強みとxAIの躍進
Gemini 3.0が強かった理由について、ベイカーは興味深い分析をしています。競合がBlackwell配備に苦戦している間、Googleは自社のTPU V6/V7で先に進んでいたのです。
そして2026年初頭、xAIからBlackwellベースのGrokが最初に出るとベイカーは予測しています。ジェンスン・ファンが「地球上で一番早くデータセンターを作るのはイーロン」と言うように、xAIのスピードはNVIDIAにとっても貴重です。大規模に稼働させて初めて出てくるバグを早く潰せるからです。
事前学習の新スケーリングと推論のスケーリングが掛け算で効いてくる—Blackwellモデルは「驚異的になる」とベイカーは予測しています。
勝者を決めるのはコスト
低コスト生産者が勝つ時代
AIについてベイカーは、テクノロジー投資史上初めて低コスト生産者が勝つ時代だと言います。
Appleは一番安いスマホを作っているから勝ったわけではない。Microsoftも一番安いソフトウェアを作っているから勝ったわけではない。でもAIは、ユーザーが質問するたびにトークンを生成するので、トークンをいくらで作れるかがすべてを決めます。
Googleの「酸素を吸い取る」戦略
現時点で一番安くトークンを作れるのはGoogle。自社製のTPUはNVIDIAのチップを買うより当然安い。
Googleはこの低コスト優位性を使って、AI事業をマイナス30%の利益率で運営することも可能です。他の儲かる事業(検索、YouTube)があるから赤字でも平気。競合他社、特にOpenAIのような会社はこれをやられると資金が尽きてきます。
Blackwell以降の構図変化
しかしBlackwellの登場でこの構図が一気に変わる可能性があります。
xAIがBlackwellを最初に使いこなし、その後推論にも使い始めると、今度はxAIが低コスト生産者になるとベイカーは予測します。さらに次世代のGB300はBlackwellのラックにそのまま差し込める「ドロップイン互換」。新しい電源や冷却設備がいらないので、垂直統合している企業(自社データセンターを持つ企業)が有利になります。
Googleの優位性が相対化されれば、価格を上げざるを得なくなり、AI業界全体の経済性が改善する可能性があります。
NVIDIAのRubin vs GoogleのTPU
NVIDIAの次世代GPU「Rubin」について、ベイカーはGoogleのTPUとの差が決定的に広がると予測しています。
GoogleのTPUは完全内製ではなく、Broadcomなど外部パートナーと共同設計しています。その分NVIDIAほど早い世代交代ができない可能性がある。「NVIDIAはオワコン、Googleの勝ち」という単純な話ではない、というのがベイカーの見解です。餅は餅屋—GPUはGPU屋のNVIDIAが強い。
データセンターは宇宙へ
第一原理から考える
ベイカーは断言します。第一原理から考えると、データセンターは宇宙の方が優れている。
データセンターに必要なのは電力・冷却・チップの3つ。
電力:宇宙では24時間ずっと太陽光を浴びせられる。大気がない分、太陽光は地球より30%強い。結果として地球上の太陽光発電と比べて6倍のエネルギーが得られる。さらにバッテリーが不要(夜がないから蓄電の必要なし)。
冷却:Blackwellのラックは重さの大部分が冷却装置。宇宙なら太陽が当たっていない側にラジエーターを置くだけで、絶対零度に近い環境が勝手に冷やしてくれる(ただし、テスラジオのコメント欄の有識者からは「ラジエーターが巨大になる」という指摘もあり)。
通信:地球ではラック同士を光ファイバーでつなぐが、レーザーが通る最速の媒質は真空。宇宙は真空だから直接レーザーでつなげば、より密度の高い高速ネットワークが作れる。
SpaceX・Tesla・xAIの収束
SpaceXのスターシップが再利用可能になり、打ち上げコストが劇的に下がっている今、この未来は現実味を帯びています。
ベイカーの言葉を借りれば「xAIがAIの頭脳を作り、テスラがロボットを作り、SpaceXが宇宙にデータセンターを作る—全部つながってきている」。
ピーター・ティールも言っています。「イーロンに逆らって資金を張るな」と。
人間の仕事はどうなるか
検証できないことが人間の仕事
最後にベイカーは、アンドレ・カルパシーの言葉を引用しています。
「検証できることは全て自動化できる」
正解/不正解がはっきりしている仕事は全部AIに置き換わる可能性がある。会計(帳簿が合っているか)、営業(契約が取れたか)、カスタマーサポート(顧客が満足したか)—これらは検証可能だからAIが得意。
逆に検証できないこと—クリエイティブな仕事、判断が分かれる仕事—が人間の仕事になる。今自分がやっていることが「検証できること」なのか「検証できないこと」なのか、その軸で見直してみると、今後のキャリアに影響してくるかもしれません。
テスラジオの考察
ベイカーの分析で最も印象的だったのは、「2024年にAIは止まるはずだった」という指摘です。チップの物理的限界、データセンターの移行コスト—これらを第一原理から考えると、確かにそういう結論になる。それを推論という新技術が救った、という構図は納得感があります。
「一番賢いAIが勝つ」のではなく「一番安いAIが勝つ」という指摘も重要です。これはサティア・ナデラやサンダー・ピチャイも言っていたことで、業界のコンセンサスになりつつあるのかもしれません。
宇宙データセンターについては、冷却の問題など技術的なハードルはまだ残っていますが、電力・通信の優位性は説得力があります。5〜6年後にこれが実現すれば、地上のデータセンターや発電所への投資が無駄になる可能性も—投資家としては考慮すべきリスクでしょう。
まとめ
- AIは止まるはずだった:Hopperの物理的限界(最大20万個接続)とBlackwell移行の複雑さで2024-2025年は停滞予想だった
- 推論がAIを救った:ポストトレーニングとテストタイムコンピュートという2つの新スケーリング法則で進化が継続
- コストが勝敗を決める:Googleの低コスト優位性はBlackwell以降崩れる可能性。xAIが低コスト生産者になるかも
- データセンターは宇宙へ:電力(6倍)・冷却(無料)・通信(真空レーザー)で宇宙が優位
- 人間の仕事:検証できない仕事(クリエイティブ、判断が分かれる)が人間の領域に
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